語りつぐもの #24「労働組合の活動の原点は、組合員の『人間としての尊厳の確保』と『職業能力の向上』にある」②~①

2026.04.09  コラム 更新日:2026.02.26

※本コラムは、2025年6月20日に当社が運営するnoteに掲載された記事です。

 

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。

 

 

過酷な労働条件を戒めるために制定されたのが労働基準法であり、さらに、人間が人間として働き、生活していくという人間の尊厳ともいうべき労働環境・生活環境の整備が求められていく。それらを網羅しているのが労働法全般なのである。

 

労働環境という視点で、改めて近代市民社会の構成要件を見ると、そこにはさまざまな問題が内在していた。

 

封建制度を克服して成立した近代市民社会は三つの原則を確立した。
第一は「私的所有権の保障」、第二は「契約自由の原則」、第三は「過失責任の原則」である。この三原則は、その後の社会にさまざまな問題を投げかけることになる。

 

第一の原則である「私的所有権の保障」は、まさに資本主義社会の根幹をなすものである。第二の「契約自由の原則」は、契約は双方の自由で対等な立場で交わされるというものである。第三の「過失責任の法理」は、人の自由な活動を保障する一方、自由な活動の結果、他人に損害を与えた場合はその賠償をしなければならない。このため、過失(故意を含む)がなければ損害賠償責任を負わされることがないという原則である。

 

ところが三原則は実際の社会では矛盾を起こしてしまう。

 

第二の「契約自由の原則」も労働者と使用者が契約さえしてしまえば、対等であったか否かは問題にならない。契約内容は問われずに自由な意思のもとで約束されたものと扱われるのである。そのために低賃金・長時間労働などの劣悪な労働条件だったとしても、自由な意思で結ばれた契約ということにされてしまう。中でも女性・児童が劣悪な条件で働かされても、「自由な意思による契約」になり、人間の尊厳を無視し、かつ健康を悪化させることになり社会問題として放置できないまでになっていくのである。

 

また第三の原則である「過失責任の法理」も問題になる。労働者が劣悪な作業環境や長時間労働による疲労で労働災害にあっても、故意や過失が明らかでないと補償を受けることが難しくなってしまうのである。

 

「契約自由の原則」は、やがて使用者のための採用の自由、解雇の自由と化し、使用者の意思によって失業者が蔓延する。さらにもともと弱い立場の労働者の求職や就職に対して、営利の職業紹介業が生まれ中間搾取や強制労働(拘束労働)が行われるようになっていく。

 

その一方で労働者がまとまって労働条件の基準を申し合わせ、使用者に遵守を要求する行為は、使用者および個々の労働者の労働力に関する取引の自由を制限する違法な行為とされてしまう。

 

加えて、労働者の団結の武器としてのストライキ(労働力の集団的な提供拒否)は、雇用契約上の労働義務違反や集団的な業務妨害行為として違法とされてしまうのである。

 

そこで各国は、それらの問題に対処するために労働法を作り、発展させていくことになる。

 

【第一に劣悪な労働条件に対応するために、工場労働に関する労働条件の最低基準を定めて、それを遵守するよう罰則を定め、行政監督によって強制する法律(工場法)を作ることになった。当初は工場における女性・年少者の労働時間の制限が中心であったが、次第に適用事業、適用対象労働者、加えて保護の内容を拡充し、一般的な労働基準法になっていくのである。

 

第二に労働災害に対しては、労働者の業務上の災害については、使用者の過失の立証をしなくても、使用者から一定の補償を受けることができるようになる(労災保険制度)。

 

第三に失業と就職の問題については、使用者の採用の自由は認めつつも、国が職業紹介や職業訓練のサービスを提供して就職活動を援助する制度、失業者に保険を給付したり(失業保険)、暫定的な労働の場を与えたりして、生活を援助する制度が発達していく。さらに営利職業紹介業の弊害を消すために、労働者の求職・就職に関する事業を厳しく規制する法律も作る。同時に使用者の解雇権を制限する法律も成立する。

 

第四に労働者の団結については、労働者の団結活動の禁止を撤廃し、その活動に対して市民法上違法とする項目を取り除く法律を成立させる。具体的には、①団結(労働組合の結成)を認める法律、②労働者のストライキ、ピケッティングなどの争議行為によって生じる市民法上の責任(使用者からの損害賠償要求)の免責など、どちらかといえば労働組合の認知と活動を自由にする消極的保護にとどまっていた。しかしやがて、国によって違うが、労働協約に特別な効力(規範的効力・一般的拘束力)を与え、使用者の反組合的活動を不公正労働行為(日本では不当労働行為)として禁止し、被害を受ける労働組合に特別な救済手続きを設けるなどして、団結活動を積極的に助成する法も整備されていく】。

 

このように労働法の歴史をみればわかるように、企業社会において企業が利益至上主義に走り、企業運営が反人間的、反倫理的、反道徳的行為に陥ると、社会からの指弾を受け、行き着くのは法律による規制になる。自分の会社は「しない」からいいのではなく、ある企業の反社会的行為を企業同士で自浄できなければ、やがて法律で規制されることになるのは上記の歴史が証明している。する事業を厳しく規制する法律も作る。同時に使用者の解雇権を制限する法律も成立する。

 

企業の生産活動があって始めて雇用=労働者が生まれる。そして人間の尊厳を維持できる労働条件を確保するわけだが、会社と労働者の彼我の力関係は歴然としている。すなわち、会社にとっての労働者は生産要素の一部だから、必ずしもAさんを未来永劫必要としない。(その職種が余人をもって代え難い場合を除き)AさんがだめならBさんでもよいのだ。あるいはCさんに代わってもらっても良い。しかし、労働者の方はそうはいかない。A社を解雇されたら即生活に窮してしまう。こうした状況を避けるために、会社から「あなたはわが社にどうしても必要な人」と評価されればいいのだ。

 

このように労働組合が職業能力の向上に取り組むのは必要不可欠な活動なのが分かる。しかし、こうしたケースはまれであるから、普通の場合、力関係でいえば圧倒的に会社に分があることになる。そこで個人の力ではどうしようもない労働者が、集団を構成して(労働組合をつくって)会社と対等の立場になれるよう法律で決めているのである。そうすると労働組合の活動の原点が、組合員の「人間としての尊厳の確保」と「職業能力の向上」にあるのがよく分かる。

(次号へ続く)

 
 

この記事を書いた人

 

鈴木 勝利

Suzuki Katsutoshi


元連合副会長・元JCM議長(現顧問)
元電気連合委員長(現名誉顧問)
2012年春の叙勲において旭日重光章を受章。

鈴木勝利 顧問