語りつぐもの #25「労働組合の活動の原点は、組合員の「人間としての尊厳の確保」と「職業能力の向上」にある」②~②

2026.04.14 

※本コラムは、2025年7月21日に当社が運営するnoteに掲載された記事です。

 

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。

 

 

前号でふれたように、18世紀末期から19世紀にかけて(1760年代から1830年代にかけて)、イギリスで産業革命が起こり、児童や婦人労働の強要、成人労働においても労働時間が1日12時間以上となるなど、労使関係のなかで、労働者は、生命や体力を搾取され、労働者の健康保持が課題となってきた。

 

日本においても労働者は資本家に対する反抗をし始め、政府は、1833年に工場法を制定、以降、労働日・時間の短縮と少年婦人労働の制限などを柱に対応策をとってきた。

 

1833年には9歳未満の児童の労働を禁止し、9歳~18歳未満の労働時間を週69時間以内に制限する一方、その監督をする工場監督官の配置を義務化(任命)などの対応策をとってきた。

 

それ以降、1844年に女性労働者の労働時間を18歳未満の労働者(若年労働者)なみに制限した。1847年には、若年労働者と女性労働者の労働時間を1日あたり最高10時間に制限した。また、1867年に対象者を繊維産業のみならず、50人以上の工場全般を対象とし、1874年の改正では、週56時間労働制を実施(平日=月曜から金曜まで1日10時間まで、土曜は6時間まで)した。

 

日本の労働法は、1911年に公布、1916年に施行された「工場法」が最初で、工場労働者の保護を目的とした法律である。この法律は、1947年に労働基準法が施行されたことによって廃止される。

 

「工場法」は、日本における近代的な労働法の端緒ともいえる法律であり、その主な内容は、工場労働者(職工)の就業制限と、業務上の傷病死亡に対する扶助制度である。ただし、小規模工場は適用対象外であり、就業制限についても、労働者全般を対象としたものではなく、年少者と女子労働者(保護職工)について定めたにとどまるなど、労働者保護法としては貧弱なものであったといわれる。

 

この工場法は、労働者の権利として合理的な労働条件を保障するものではなく、「慈悲の規則」「労働力保護の例外的規則」であったと評されている。工場法制定にあたっても、「産業の発達」と「国防」という面が強調されており、今日の労働法のような「労働者の保護」を目指した法というより、人的資源としての「労働力の保護」という思想の下に制定されたものであった。

 

世界的には産業革命が労働者の権利保護や作業環境の改善のみならず、労働者の人権にスポットをあてた「人間重視」の姿勢が強調され始めた時代でもあった。

 

日本の産業革命は殖産興業の奨励で始まる明治維新といえるが、やはりそれまでの封建社会の残滓は残っており、過渡期としての混乱は免れない。その代表例は1954年6月に発生した「近江絹糸(おうみけんし)争議」だろう。

 

近江絹糸争議は、1954年6月2日から9月16日までの105日間にわたり、近江絹糸紡績(現:オーミケンシ)において発生した大規模な労働争議である。近江絹糸人権争議は、1950年代の日本を代表する労働争議であり、同社の夏川社長が行った封建的な労務管理に対して、1954年6月から3ヵ月にわたるストライキが決行され労働者側が勝利する。

 

同社は労働者側から「恋愛の自由」や「信書の開封禁止」にはじまる22項目要求がなされ、まさしく「人権争議」と言われる。労働組合の全国組織である全繊同盟(現在のゼンセン)が中心に闘われたが、今思えば当時では珍しく一労働組合だけの争議ではなく、全国民的な支援が寄せられ闘われた。

 

筆者自身も、該当労組の組合員ではないものの、当時の全国組織であった総評や中立組織など、あらゆる組織の労働組合や組合とは無関係の社会団体や世論が支援するという状況から、強い関心を抱いたものである。

 

近江絹糸事件は、「経営者のあるべき姿」を指し示す反面教師でもあり、時代が移り変わった現代になっても表面上の現象は別にして疎かにしてはならない事件であったのである。

 

【革新政党や全繊同盟の全面的支援という要素が大きかったものの、「人権争議」と呼ばれたように、経営側の労働三権をはじめとした基本的人権を無視した戦前以来の前近代的な労務管理の継続に対しては、従来から不当労働行為として当局の警告を受けていたのを経営側が無視していたことに加え、更に多数の未成年女子紡績工を含む労働者が「格子なき牢獄」に置かれているという実情が明らかとされたことや会社側の弾圧に対する抗議の自殺事件まで発生するに至り、世論の同情を強く集めたことが労働組合側の勝利の背景にあったとされている。】

 
 

労使関係が安定した時代が続く中で、安穏とした組合活動には落とし穴があるかもしれない。いつ、時代を錯誤し、人権を軽視する経営者が出現するかもしれないのだ。リーダーは現状に安穏とすることなく、常にあらゆることに細心の注意を払いつつ活動を進めていかなければならない。
 

教訓は歴史の中にあるのである。

 
 

この記事を書いた人

 

鈴木 勝利

Suzuki Katsutoshi


元連合副会長・元JCM議長(現顧問)
元電気連合委員長(現名誉顧問)
2012年春の叙勲において旭日重光章を受章。

鈴木勝利 顧問