※本コラムは、2025年8月21日に当社が運営するnoteに掲載された記事です。
このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。
ヨーロッパは「産業別労働組合」が主体で、日本の労働組合は「企業別労働組合」が主体で構成されている。この違いは何なのか。この相違は労働市場による組織形態、あるいはリーダーの理念などによってもたらされていったとされる。
日本における戦前の労働組合の中心は「総同盟」などであったが、活動はごく限られたものでしかなく社会全体に影響を持っていたものではなかった。その後、第二次世界大戦を迎えて時の権力者は、ドイツ・ヒトラーの「国家労働法」を真似て「国家総動員法」を制定した。
もうひとつ、民主主義を否定する法律として「治安維持法」が制定されたが、日本はこの「国家総動員法」と「治安維持法」によって反対意見を封殺、強権を持って全体主義を確立していく。労働組合は解散を余儀なくされ、政府の命令による企業ごとの「産業報国会」(全従業員で構成)に包含されてしまう。この時期、武力革命など過激な運動を進めていた共産党は非合法化され、リーダーは投獄、あるいは秘密裏での活動(地下活動と表現される)を余儀なくされた。これらの反動が終戦後の組合運動、選挙などに強い影響を与えることになる。
敗戦によって日本はアメリカ軍の占領下に置かれ、アメリカの占領政策によって社会・経済・政治の改革が行われた。アメリカ軍は日本に再び戦争を起こさせないよう、民主主義を確立させるために全体主義を支えた社会構造に改革の大ナタを振るう。
この大きな改革は五つで、①財閥解体(大企業グループ、たとえば三菱財閥、三井財閥などの解体)、②農地改革(大地主中心から従来の小作人に農地を持たせる政策)、③教育改革(六・三制の確立)、④憲法制定、⑤それまで禁止されていた労働組合を法律で認める合法化(政党の合法化も含む)などがあげられる。
こうしたアメリカ軍の改革命令に対し日本の内務省(現総務省の前身)は、戦時中に企業ごとに作らせていた「産業報国会」を労働組合に衣替えさせるよう指導する。これによって昭和20年後半から全国で「雨後の筍の如く」次のように労働組合が結成されていくのである。
1945年(昭和20年)末2ヵ月ほどの間に、509組合が結成され38万人が組織化された。
1946年(昭和21年)末には、1万7,266組合493万人で組織率は41.5%となる。
1947年(昭和22年)末には、2万3,323組合570万人で組織率は45.3%。
1948年(昭和23年)末には、3万3,926組合668万人で組織率53.0%。
そこで日本の労働市場を考えてみよう。
日本の労働市場は昔から徒弟制度が主流であったのはよく承知のとおりである。商店を例に挙げれば、入店(入社)してから衣・食・住が完備されている中で、「薮入り」以外の休日はなく、ひたすら主人や親方の下で働き続け、時期が来れば「暖簾わけ」で独立を果たしていく。まったく「縦型」の労働市場なのである。今も昔も年功序列型処遇なのだ。
「労働市場が縦型」で、かつ「企業ごとの産業報国会」の衣替えで組合が結成されれば、企業別労働組合になるのは必然なのである。日本の企業別労働組合の組織形態が世界の中で特異なのはこうした理由があるのであり、けして卑下すべきことではない。むしろその長所を生かし、短所を克服することが重要なのである。
企業別労働組合の長所の一つにあげられるのは、当たり前といえば当たり前で、経営施策に対する労使が同じ情報を共有し、同じ基盤で意見交換などを図り経営の強化を図っていったことである。その繰り返しによって、企業の経営が強化され、経済全体の発展が図られたのである。こうして日本の戦後経済の復興が図られたのである。
しかし、企業別労働組合の長所が経済復興に寄与していく中で、一方で、企業内の問題に特化していったために、自分の会社、自分たちの組織にばかりに限定した活動に終始する短所を齎(もたら)したのである。
ゆえに日本の労働組合は、社会全体の問題に対する関心を薄めてしまうのである。長所の裏に短所を抱えた運動をしていくことになる。
日本の企業別労働組合は、企業内のみにこだわる短所をいかに克服していくのかが問われていくのである。その短所の克服は、欧米流にいう「産業別労働組合」に委ねられている。
個々の企業の課題の克服や発展に寄与する「企業別労働組合」と、企業の枠を超えて経済や社会全体の問題を克服する「産業別労働組合」の双方の役割を果たしていくことこそが、日本の企業別労働組合に求められている最重要課題なのである。
この記事を書いた人
鈴木 勝利
Suzuki Katsutoshi
元連合副会長・元JCM議長(現顧問)
元電気連合委員長(現名誉顧問)
2012年春の叙勲において旭日重光章を受章。

