このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利氏が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。
身近な格差の最大の問題は非正規社員問題である。
非正規社員制度は、古くにある「期間に定めのある労働者」としての臨時工制度に始まる(もっと古くは江戸時代の「口入れ屋(注・末尾に解説)によるスポット派遣」が該当するといわれているが)。
非正規社員は、日雇い、臨時工、季節労働者、期間社員、アルバイト、嘱託、パート社員、契約社員などさまざまである。さらに、臨時労働者でも、期間の定めのない者もいれば、契約を繰り返して比較的長期の雇用を予定している者もいる。日本のように「期間の定めのない労働者」を多く雇用し、かつ、雇用調整がしやすい期間雇用は企業にとって非常に魅力のある雇用制度といえるのである。
この「期間の定め」とは、契約期間が満了すれば契約が終了するということであり、企業にとって、1ヵ月、2ヵ月の契約であれば仕事が忙しいときの臨時的雇用が出来、加えて仕事がなくなれば契約期間の満了で契約を打ち切れる、雇用調整の手段に利用できる好都合な制度なのである。
かつて高度成長の初期、電機産業や自動車産業では契約期間が1ヵ月、2カ月程度の臨時工制度が導入され、2カ月おきに何回も契約が更新され実質的に長期勤続の者が多くいた。一口に言えば、企業の臨時的な需要にも利用できるし、一方では雇用調整の手段にも利用できたのである。
経験的にいえば、労働組合もまた、会社に仕事がなくなれば正規社員である組合員の雇用を守るためとして、臨時工やパートの雇用止めを主張することさえあった。見方を変えれば、組合員の雇用を守るために他者を犠牲にしてきたのである。経済の成長に伴って労働市場では売り手市場が続き、新たな就職先を比較的容易に見つけることが出来た背景があったからでもあるが。
試みに、諸外国ではどうなっているのかを見てみよう。日本では期間の定めのある労働契約の締結それ自体を制限する法律はなく、「契約の自由」の範疇として考えられているが、フランスでは、締結するには、期間雇用労働者を雇入れる明確な臨時的必要性(たとえば、長期病休、産休、育児休業の労働者の存在)がなければならない。
日本では雇用期間について下限は決められていない。2ヵ月、1ヵ月、1週間、1日の契約も可能になっている。こうしたスポット的な需要があると同時に、すぐに現金収入が必要な労働を求める人々も存在するからである。
しかし、短期の期間雇用は、短期間の労働需要のために利用されるばかりか、むしろ雇用調整の容易さゆえに、契約更新することで継続的な労働需要のために多用されている。企業の使い勝手がいいということは、必要なら契約更新し、必要ないなら雇用契約を解約すればいいことになる。労働者の雇用の安定を阻害する側面をもっていることになる。
そこで、2007年(平成19年)に成立した労働契約法では、「使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない」との規定を設けた。
しかし、「労働者を使用する目的」を限定していないこと、「必要以上に」というように不明確な表現にとどまっていることなどから、この規定は訓示規定にとどまると解釈されている。
そして国会では派遣労働者を代えさえすれば、その職種は永遠に派遣労働者のみでこなすことができる法律に改正してしまった。
しかし、労働組合にとって、最も重要なことは法律に頼るのではなく、自らの意思と、多数の人々の同じような気持ちによって、社会全体の規範として確立させていくことだろうと思う。
組合だけの主張ではなく、国民の大多数がそれに同調できれば、雇用はより安定するのが道理となる。
よく労働組合の社会的責任という言葉を耳にするが、組合員だけの利害に埋没せずに、社会全体の安定を図る気概があるからこそ、社会的責任の真の担い手といえるのではないか。
世間の注目を集める春闘の時期だからこそ、正義感あふれる労働組合の主張が理解され、より良い雇用の在り方が再認識されるチャンスともいえるのである。
連合春闘が、新たな雇用安定の姿を作り出すことを期待したいのである。
【 口入れ屋とは江戸時代の人材派遣会社ともいえる職業であった。当初地方から江戸に流れて来た身分の不確かな者の保証人となり、職場を斡旋、稼ぎの一部を身元保証料として徴収する のを本職としていた。そのうち地方の農民を騙(だま)して安い値段で娘を買い、売春宿(吉原や岡場所)に預け、その水揚げ料ほとんどをピンハネしていた。
その一方で、真面目に人材を発掘し武家や商家に斡旋していた口入れ屋もいた。また、豪商の娘の嫁入り先を世話するなどの便利屋的存在でもあったが、背後にはヤクザがいてトラブルが絶えず、幕末の頃には裏の商売と見られていたという。】
この記事を書いた人
鈴木 勝利
Suzuki Katsutoshi
元連合副会長・元JCM議長(現顧問)
元電気連合委員長(現名誉顧問)
2012年春の叙勲において旭日重光章を受章。

