語りつぐもの #31『拡大する貧富の格差』を改善できるのか



 

このコラムは、元連合副会長・元JCM議長(現顧問)・元電機連合委員長(現名誉顧問)である鈴木勝利顧問が、今の労働組合、組合役員、組合員に対して本当に伝えたいことを書き綴るものです。

 

 

 人間というものは面白いもので、たとえば貧富の差についても、最初から「差がついても仕方がない」と考えている場合には諦(あきら)めて不満を感じることは少ない。しかし、「差があるはずはない」と考えている場合には、わずかな差であっても大いなる不満を抱いてしまう。

 そうなると普段からどのように感じているかによって、「不満」が「あるのか」「ないのか」につながっていくことになる。

 私たちは今の資本主義社会の中では「ある程度の貧富の差」は容認している。いったいどのくらいの差なら容認できるのだろうか。

 もともと貧富の差とは、それぞれの国の経済政策によって、誰が利益を上げ、誰が財を失い、経済成長が人口全体にどのように分配されるのかによって生まれるとされる。

 

 それだけに採用した従業員を解雇するにはさまざまな制約が課せられている。かつては自由に採用し、自由に解雇してきた経営者の思いのままであったが、次第に経営者の行為に制限を課すことを目的に法律が整備されていく。それらの法律は制定時から今日まで、時代の進歩に合わせてふさわしい内容へと変化してきた。今、私たちが享受している法律(憲法、労働六法)は今までの歴史の集大成と言えるのである。

経済的不平等の専門家として名高いフランスのトマ・ピケティ氏によると、「世界の上位10%の人が76%の富を所有」(「世界不平等レポート」2021年12月)しているという。

 

 貧富の格差を論ずる時に必ず話題の中心になるのが、格差の拡大に影響する何らかの事象である。それは近年ではコロナの蔓延である。なぜ影響が大きいのか。

 よく言われるのは、新型コロナ危機が格差の拡大を促したという指摘である。経済活動の大部分を閉ざしてしまい、多くの人々の生計を奪ってしまった。その対策に追われた先進国では、政府によって所得補償システムが導入された。その結果、収入の不平等の拡大は一時的に抑えられるのだが、それがまた、対策ができる先進国と、対策が十分にできない貧困国との間の格差拡大を促すことになってしまったのである。

 

 こうした時、権力者の言い逃れは「トリクルダウン」理論である。これは単純に言えば「富は上から下に流れる」ものだから、時間をかければ格差は拡大しないというものである。

 シャンパングラスを三角形に積み上げて、一番上のグラスにシャンパンを注ぐ。満杯になると零(こぼ)れてシャンパンは下に流れていく。やがて全部のグラスがシャンパンで満杯になる。つまり一部の富であっても、このように時間がたてば富は全体に行きわたるという理屈である。

しかし、歴史的にみてもこんなことは起こったためしはない。

誰が考えても空論であることは見抜ける理屈なのだが、これをあたかも正論であるかのように主張して国民の眼を欺こうとするのが権力者の常套手段なのである。

 

 この数十年来の日本の現実は、規制緩和、公的インフラの民営化、政府の借金の増加などにより、一部の人の私的資産のみが増大し、その一極集中が大幅な資産増加が発生させる一方、上から下へ富が流れる「トリクルダウン」は発生せず、日本を含む世界の富が常に上に向かって流れ続けてきた。その結果は、言うまでもなく「貧富の格差の拡大」である。

 

 「貧富の格差拡大」とはどのようなものなのか。
パリにある経済学校「世界不平等研究所(World InequalityLab)」が、世界および各国内の所得、富、ジェンダーなどの不平等に関する包括的な分析とデータをまとめ、1995年から毎年発行しているが、その中にコロナ禍が世界を襲った2021年の実態を調査した報告書がある。

 その報告書によれば、「 世界の上位10%の富裕層が世界の富の76%を所有し、下位50%はわずか2%しか所有していない」という。

 こうした貧富の格差は社会に何をもたらすのか。アメリカの超富豪といわれるニック・ハノーアーはこう警告する

 

【 私と同じ超富豪や大金持ち、バブルの世界で優雅に暮らす人々へのメッセージです。「目を覚ませ」、目を覚ましましょう。いずれ終わりが来ます。私たちがこの社会におけるあからさまな経済格差に対して、何もせずにいたらあの民衆が襲いに来ます。自由で開かれた社会で、今のような経済格差の拡大が長く続くはずがないのです。過去にも、続いた例はありません。極めて不平等な社会には、警察国家や暴動が付き物です。手立てを講じなければ、世直し一揆が私たちを襲いますよ。可能性の話ではありません。時間の問題です。その時が来たら、それは誰にとっても酷いことになりますが、特に私たち超富豪にとっては最悪です。(略)

 

問題は格差そのものではありません。高度に機能する資本主義下の民主主義において、ある程度の格差は必要です。問題は今日の格差が史上最大であり、日々悪化しているということです。そして、もしこのまま富や力や所得を一握りの超富豪に集中させていたら、私たちの社会は資本主義下の民主主義から、18世紀のフランスのような新封建主義へ変わってしまいます。それは革命前の農具を持った民衆が反乱した頃のフランスです。】

「TED」ニック・ハノーアー 8月25日

 

 と、富のある者と無い者との格差が拡大すると、社会は大きな混乱を招くと警告する。

 そして、富を持つ上部から下位へ富が流れるトリクルダウン理論は在り得ないと指摘している。なぜトリクルダウン理論は成り立たないのか。

 

【私たち超富豪は、この私たちがさらに富めば、他の人にも富が浸透するというトリクルダウン経済から脱却する必要があります。トリクルダウン理論は間違いです。そんなはずがないでしょう。
私には平均賃金の千倍の収入がありますが、千倍多く買い物したりはしません。そうでしょう?私はこのズボンを2本買いました。

パートナーのマイクいわく、「経営者ズボン」私はこれを2千本買えますよ。でも買ってもしょうがないでしょう?(笑)私が床屋に行く回数も、外食する回数も、そう多くはありません。超富豪がいくら富をかき集めたところで、国家規模の経済を動かすことは絶対にできません。それが可能になるのは、中流階級の成長によってのみです。「手の打ちようがない」と超富豪の友人たちは言うかもしれません。ヘンリー・フォードの頃とは時代が違います。出来ないことはあるでしょう。でも出来ることもあるでしょう。

2013年6月19日、ブルームバーグに私の書いた記事が掲載されました。『最低賃金15ドルという資本家の理論』という題です。賢明なフォーブス誌の人々の中には私の熱狂的なファンがいますが、彼らに「ニック・ハノーアーによるとんでもない提案」と呼ばれました。

しかし、その記事が掲載されて、ほんの350日後、シアトル市長のエド・マレーが、シアトルの最低賃金を時給15ドルに上げるという条例を法律として成立させました。これは連邦内で一般的な時給7ドル25セントの倍以上に当たります。

何故そうなったのか。分別ある方なら疑問に思うでしょう。その理由は私たちが共同で中流階級の人々に、彼らこそが資本主義経済の成長と繁栄の源であると再認識してもらったからです。

労働者が持つお金が増えれば、企業は顧客が増え、雇用を増やす必要が出てくると再認識してもらいました。企業が労働者に生活賃金を払えば、納税者は食糧配給券や医療扶助、家賃補助などの、労働者が必要とする生活保護制度の財源を負担することから解放されるということを再認識してもらいました。低賃金の労働者は納税状況が極めて悪く、すべての企業が最低賃金を引き上げれば、どの企業も潤い、競争も起きるということを再認識してもらいました。】

 

 経済発展や国民生活の向上は、国民の多数を占める労働者の収入が増えることによってのみ図られるものである故に、

 

【すべての企業が最低賃金を引き上げれば、どの企業も潤い、競争も起きるということを再認識してもらいました。】

 

 と結論づけているのである。

 

 最低賃金が非常に重要であるといわれても、日本においてはあまり意識されてはいないようだ。企業経営者はもちろん、労働組合においても軽視されてきた。なぜなら最低賃金は多くの社員・組合員が対象ではないからである。多くの人々が、自分の賃金が最低賃金より上位にあることで他人事と意識してしまうからなのか。

 春の賃上げ交渉が始まる。この交渉で、最低賃金についてどこまで関心が集まるのか。労働組合の取り組みが問われている。

 
 

この記事を書いた人

 

鈴木 勝利

Suzuki Katsutoshi


元連合副会長・元JCM議長(現顧問)
元電気連合委員長(現名誉顧問)
2012年春の叙勲において旭日重光章を受章。

鈴木勝利 顧問